料理の「さしすせそ」でラーメンを作りたい
これは、あたらしいラーメンの味を追求した男の物語である。
料理のさしすせそ、というものがあるだろう。
調理の基本となる5種類の調味料、砂糖・塩・醤油・酢・味噌のことだ。
ラーメンを食べていてふと思ったのだ。ラーメンには塩・醤油・味噌がある。つまり「し・せ・そ」が網羅されているのだ。
さらに、お酢もラーメン屋には常備してあるじゃないか。ラーメンにお酢をかけると味がふくらんで、これが実にうまい。+1のはずが、+10にも+100にもなるのだ。ごめん、それはちょっとハードルを上げすぎた。でもうまいのでみなさまぜひ一度お試しください。
まぁ、つまりだ。この「さしすせそ」の中で、砂糖以外の調味料はすべてラーメンの味として存在するということにならないか。唯一、砂糖ラーメンだけがないのだ。
なんということだ。これでは砂糖がかわいそうだ。なんとかして砂糖を仲間に入れてあげたい。
……よし。じゃあ、おれが砂糖のラーメンを作ってみようじゃないか。
まずはスープの出汁を作ろう。
砂糖のラーメンを作る、といったところで、まずはスープを作らなくては始まらない。
一般的にラーメンのスープは「出汁」と「タレ」に分かれている。味を決めるのはタレのほうだ。醤油ダレ、塩ダレ、のように今回は砂糖ダレを作らなくてはならない。
いっぽうの出汁は自作である必要はないのだが、お店で購入するとなると、出汁とタレを混ぜ合わせたスープの状態で売られている。これを分離するのは不可能だ。つまり、結局はタレに合わせる出汁のほうも自分で作らなくてはならない。というわけで、最初に出汁を作っていこう。
ということで材料を買ってきた。
スープの基本は鶏ガラだ。スーパーや肉屋でも、タイミングによってはガラがある。事前に連絡をしていれば、入荷したときに教えてもらえるようだ。
材料の買い出しに行ったら、偶然にもガラが置いてあり、しかも半額のシールが貼られていた。よし、これは幸先がいいぞ。
出汁にするものを物色していたところ、なかなかうまそうなものがあった。
うまそうな牛スジがあった。これもいい出汁が出ないだろうか。これをラーメンのスープ作りのときに一緒に下茹ですれば、ついでに好物の大阪名物どて焼きを仕込めるぞ。臭み消しのために買ったネギの白い部分の使い道もできるし、一粒で2度おいしいさくせんだ。しめしめ。
この判断のせいで、あとで泣きを見ることになるのだが、このときのおれはそんなことを知る由もなかった。
野菜も用意した。砂糖の甘味に寄せてみようと、りんごを買ってみたがどう出るだろうか。
ガラのほかに、出汁の材料に使う野菜を用意した。インターネットで出汁の作り方を調べてみたところ、にんにくやしょうが、ネギの青い部分、というのは共通している。加えてにんじんを入れたり、てきとうに野菜クズを入れることもあるようだ。
今回は玉ねぎとキャベツの芯、そしてりんごを用意した。
りんごは甘い。甘い砂糖ラーメンを作るので、出汁とタレとの橋渡し役をしてくれるんじゃないかと期待しての用兵である。
その効果は未知数だが、カレーの隠し味では定番になっているなど、その実力はたかく評価されていると言ってもいい。たのむぞ。
鶏ガラを茹でると、想像以上の量のアクが一気に出てくる。下茹では必須だ。
いきなりめちゃめちゃにアクが出てくる。おまえはほんとうにアクのつよい人間だな、と言われることもままある人生を送っているが、さすがにこの鶏ガラさんにはかなうまい。おそらくたいへんな鶏生を送ってきたんだろうと推測する。
下茹でをして茹でこぼし、あらためて水を張り、スープを作る。
一度下茹でした鶏ガラに鶏皮を入れる。鳥皮で脂分を補強しようというかんがえだ。
本来は鶏皮は別の鍋で鶏油を分離して、最後にスープ・タレと共にブレンドするのがただしいラーメンの作りかたのようだが、一人暮らしの我が家には鍋が2つしかない。スープを作る大鍋、そして小鍋はチャーシューにタレにと頻繁に洗って使いまわすしかないのだ。おい誰だ、こんないそがしいときにどて焼きを仕込もうとかかんがえたやつは。
ということで、油はスープと一体にして煮込ませてもらうことにした。油のおおめ、すくなめは調節できなくなってしまうが、家系ラーメンを目指しているわけではないので勘弁してもらおう。
スープの量を欲張った結果、鍋がえらいことになった。
目分量でざっくり入れているとおおむねこういうことが起こりがちである。
なお、この時点でかなりやばい状況ではあるが、これでもアクを取ってスープを減らしてはは材料を足したのだということをお伝えしたい。当初はもっとえらいこっちゃだったのだよいよいよい。
わたしは今月で33歳になったが、つぎの1年の目標は「計画性を持つこと」にしようとおもう。
煮込むこと約3時間、金色にかがやく脂がいかにもうまそうだ。
せっかくなのでチャーシューも自分で作りたい。バラ肉を焼いてから投入。エキスを煮出す。
焼き目をつけたバラ肉をスープに入れる。小鍋にフライパンに、ただでさえせまい安アパートのせまいキッチンがあれこれ慌ただしい。焼くときにものすごい量の脂が出たが、ええい!これもスープに入れてしまえ!!
バラ肉は小鍋に移してチャーシューに。肉への想いがつのるあまり、作りすぎた感はある。
30分ほどバラ肉を煮て、中まで火が通ったらチャーシューをつくる手順に入る。
醤油に砂糖、みりんに酒を水で割って、昆布とともに小鍋で煮込む。
沸騰させ、味をなじませたらタッパーに入れて、粗熱をとったあとに冷蔵庫に入れて一晩寝かせる。ようし、立派になるのだぞ。と子どもの成長を願う父親のような気持ちになった。
コンロ周りがきたないのは気にしてはいけない。
さて、出汁づくりに戻ろう。一晩寝かしたあと、ていねいに濾したら出汁の完成だ。廃棄するガラは丼3杯分も出た。おお、こんなにたくさんの材料を使っていたのか。あらためて見るとすごい量だな。
廃棄するガラや野菜はこの丼で3杯分も出た。エキスが染み込んでいる。
見よ、この黄金のスープを。いかにもうまそうだ。
カサが減ってしまうのを見越して、昨晩のうちに昆布出汁を取っていた。これをブレンドする。
本題のタレを作る以前の段階でだいぶ時間を使ってしまった。ラーメン作り、めちゃめちゃスローフードだな。スローフードのわりに、健康要素はまったくないような気がするのだけど。
さて、いよいよタレを作るとしよう……とその前に、気になることがある。
出汁の味はどうなのか?
自分で作ったこの出汁、はたしてほんとうにうまいのか。見よう見まねで素人が作ったものだ。さすがにお店のラーメンと比べるのはフェアではないだろう。
まずはしょうゆラーメンにして食べてみることにしよう。砂糖ラーメンと比べるのはそのあとだ。
ここで出汁と並行して作ったチャーシューの登場。なんと魅力的な色であることか。
醤油ダレとして、このチャーシューの煮汁を使う。
一晩寝かせたチャーシューは、父の願い通り立派においしく成長してくれた。感無量だ。
これからは得意料理を聞かれたらチャーシューって言おう。あんがい簡単だったうえに、料理ができる男っぽい雰囲気を出すことができそうだぞ。
……ほかの料理は焼きそばくらいしか作れないけど。
見るからにうまそうなしょうゆラーメンができた。味のほどは。
味はたしかにおいしかった。自画自賛をするようだが、これはなかなかいいしょうゆラーメンだったと言えよう。
……臭い以外は。
誤算だった。大いなる誤算であった。
軽い気持ちで入れた牛スジがよくなかった。思いつきでてきとうなことをするのはよくない。このままでは砂糖ラーメンの正当な評価にかかわってしまう。
なお、スープが獣臭くなるという代償を払って完成したどて焼きはたいへんおいしかった。食べている最中にふと「本末転倒」ということばが脳裏をよぎったことをここに告白しておく。
ふたたびこの作業が始まった。前回は皮を剥いて使っていたたまねぎやにんにくがそのままぶち込まれているところに、おれの心境が伝わればうれしい。
ちなみに、前回のスープはすべてしょうゆラーメンにして、1週間かけて食べた。食べものを粗末にするのはよくない。
見た目はまったく変わらないが、あたらしい出汁ができた。味見もOK。よし、今度はかんぺきだ。
よくわかってないやつが思いつきでてきとうなことをするのはよくない、というたいへん貴重な知見を得ることができた。具体的にはだいたい金額にして3000円と時間を5時間ほど無駄にすることになる。あと記事を書くのが3週間くらい遅れる。2週間よぶんにかかっているのは、家ラーメンを食べ飽きて、もう一度スープを作る気力を失ったためである。
砂糖ダレを作る
次にスープのもう一つの要素、タレを作る。
無添加のだしパックと桜えびを準備した。
砂糖ラーメンを作るにあたって、塩ラーメンのレシピをベースに、材料の塩を砂糖に変更してみるのがいいのではないか。だしの素は味がついているものがおおかったが、スーパーを3件回って無添加のものを探してきた。
みりんと白醬油。白醬油なんてはじめて買った。
材料にしょうゆが入っているじゃないか!という意見もあるだろう。
ただ、これはれっきとした塩ラーメンのタレのレシピである、ということでひとつ。
素材の色を生かすために、色のついていない白醬油をチョイス。そこそこいいお値段と今後の我が家での使い道のなさにびびりつつ購入した。
少量だと作りづらいので、5食分ほどの量をまとめて作る。
かつおと昆布の混合だしに桜えび、そこに白醬油、みりん、酒でタレの元をつくる。
本来は「さしすせそ」の順番通り、砂糖を先に入れてつくるのがただしいとおもうが、そうすると必要以上の量の砂糖タレができてしまう。そこで、砂糖以外の材料だけを先に混ぜることにした。
さすがに砂糖ラーメン5食分を作るのはこわい。最初に少し砂糖ダレを作って、おいしかったらまた作ればいい。もしおいしくなければ、塩ダレにすればいいのだ。ふふふ、どうだ。かんぺきな作戦だろう。
塩を入れれば塩ダレに、砂糖を入れれば砂糖ダレになる、はずだ。
写真にすると、おどろくほど地味である。
ラーメン1杯分に取り分けたタレに砂糖をたっぷり入れて、いよいよ砂糖ダレの完成である。おれはなんということをやってしまったんだ。未知の味への期待と、しでかしたことの背徳感に、興奮がどんどん高まってくる。砂糖と塩をまちがえる、というのはマンガなどでたまにある光景だし、だいたいそのあと口からプッと吐き出すシーンに続くのがお約束だ。しかし、今回は断じて誤りではなく、意図的なのだ。おお、なんということだ!
写真がものすごく地味なので、なんとかこのテンションをお届けしたく、極端におおげさに書いているのですが、みなさまには伝わっておりますでしょうか。
麺をゆでて、完成
どう見ても塩にしか見えないが砂糖である。
ふつう、麺を茹でるときに塩を入れるが、ここは砂糖にリスペクトを込めて砂糖をまぶしてみた。効果のほどは未知数であるが、「よし、これから砂糖ラーメンを食べるのだ」という気分が高まってくる。小学生のころ、100m走の前に靴を脱ぐのとおなじような効能がある。つまり、なんとなく高揚感が得られるということだ。
できた。これが砂糖ラーメンだ。
目で見たかぎりでは、塩ラーメンと識別することが不可能だ。砂糖と塩を入れ替えた以外はまったくおなじなのだから、まぁ当たり前ではある。
では香りはどうか。わたしの利かない鼻では、これも区別することができない。エビやチャーシューの風味がつよいというのもある。
お店で作るラーメンと比べてしまうと見た目にだいぶ寂しさがあるものの、家ラーメンとしてはまぁ、けっこうがんばったほうだとおもうぞ砂糖ラーメン。さぁ、まったく見当のつかないそのお味は、いったいどんなものなんだ。
いざ、実食!!
スルスルスルスル……
なんだこれは!!!
不意打ちだ。わかってるのに不意打ちを食らってしまった。
どう見ても「塩ラーメンでござい」って顔で出てきたものが、めちゃくちゃ甘い。ひとは視覚で見た予想とまったくちがう味が出てくると、もう笑うしかないのだ、ということがわかった。これはエンタメだ。あたらしいエンターテイメントのありかただ。
自分で作っていて、わかっているはずなのにこんなにおもしろいのだから、まったくの他人に食べさせてみたら笑い死にするのではないか。もしくは、ものすごくはちゃめちゃに怒られるかのどっちかだとおもう。
ただ、味的なことをいうと、意外とこれがなくはないのだ。これは自分でもびっくりした。
中華料理屋さんのチャーシューで、たまにやたらと甘いやつがあるだろう。イメージとしてはあんなかんじなのだ。デザートやお菓子じゃなくて、ちゃんと料理という顔をして出てくる甘いやつを、おれたちは知っていた。ごん、おまえだったのか。
ただ、ラーメン屋さんで800円払ってこれが出てきたら、外れのお店を引いたとおもって頭をかかえるだろう。500円くらいなら、まぁいいかって気分になるような気がする。エンターテイメントの世界はきびしいのだ。なるほど、砂糖ラーメンが流行らない理由がよくわかった。
おまけ・砂糖しか使わないラーメンをつくる。
意外と、なくはない。500円くらいなら出してもいいか、と思える砂糖ラーメンの味だったが、砂糖だけで勝負をしてみたいという気持ちもある。
ダシに塩だけをぶち込んだ塩ラーメンがないのと同様に、これはあくまでもお遊びである。番外編だ。だが、どうしても試してみたいのだ。
限界の、その先を。どうか見せてはくれないか。
砂糖水を
煮詰めて
純度100%の砂糖ダレを作ってみた。
砂糖を水で溶かしてひたすら煮詰める。これ以上砂糖が溶けないくらいまで濃度を濃くしたシロップのようなものを作った。これを砂糖ダレにする。
見た目には黄金のスープ。さすがにチャーシューを乗せるのは躊躇してしまった。
さぁ、100%砂糖ダレのラーメンができた。甘くない麺と甘いスープの組み合わせだ。
古来よりわが国に伝わる食べものとして、おはぎがある。お米の周りにあんこをふんだんにまぶしたものだ。
甘いものをまとった炭水化物、という点で、これはおはぎとおなじであるとは言えないか。
小麦と砂糖の組み合わせだって、メロンパンやクリームパンみたいな甘いパンだってあるだろう。形が変わったところで意外とだいじょうぶなのではないか。
ちょっと見た目が慣れないからおどろくだけだと自分を鼓舞しつつ、食べてみた。
いや、予想はしていたがとにかく甘い。スイーツになるかとおもったが、これはちがう。歯にしみる甘さだ。おれがカブトムシだったら狂喜乱舞する味。あと、麺の香りがものすごくわるい方向に出ている。なるほど、かん水のにおいと砂糖はあまり相性がよくないということがわかった。
何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。
もし興味があったらやってみてください。
見た目で区別がつかない塩ラーメン。こっちは800円を出してもいいかなって味だった。
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