めずらしい色の温泉を見つけた話
温泉がすきだ。
子どものころ、旅行が大好きだった父に連れられてあちこちに出かけた。
出かける先はだいたい温泉と決まっていたのだ。
家では決して味わうことのできない広い湯船。
ただよう硫黄やらなにやらの、温泉独特の香り。
入ったときの、とろっとした肌触り。
そして、さまざまに彩られたお湯の色。
とにかくもう、温泉を構成するすべてがすきだ。
これはもう、我々のDNAに刻み込まれていると言ってもいいのではないか。
人類は温泉を求めているのだ。そうだろう。
だから、たまの連休に「温泉旅行に行きたい」という気持ちを
抑えろというほうが無理である。
そんなわけで、自らの欲望に忠実に、突発的に1泊してきた。
場所は、長野である。
そしたら、そこの温泉がこれまためっちゃよかったので聞いてください。
さて、前回の記事で書いた通り、高山村に行ってきた。
この村にはたくさんの温泉がある。
五色温泉や奥山田温泉の「レッドウッドイン」なんかはちょう有名な秘湯である。
ものすごく矛盾したような言いかたであるが、そうなのだ。
先述の通り、今回の旅行はゴールデンウイークの真ん中に突発的に行ったものであり、
温泉宿を取ることができなかったので、必然的に日帰りである。
今回はそこまで有名ではないが、個人的に気になる温泉に行ってきた。
七味温泉(しちみおんせん)である。
高山村の温泉と言えば、奥山田温泉と五色温泉のイメージが強いが、
(ぜんぜん知らない、というかたはそういうものなのだ、と思って先に進んでください)
松川渓谷温泉や子安温泉も温泉好きの間ではひじょうに評判のよい温泉だ。
山田温泉は村の中心部に位置する。メジャーどころといったかんじだ。
だが、七味温泉はというと、これがなかなか微妙なところなのである。
ネットで調べても情報があまり出てこない。
ならば、ちょっと行ってみようとおもったのだ。
ということでやってきました。雨が降ってきたので早く入りたい。
七味温泉には4つの温泉施設がある。
そのうち3軒で日帰り入浴が可能なようだ。
今回はそのなかから、「紅葉館」という宿に行ってきた。
気になった原因はこの看板でした。
源泉かけ流しの上に、エメラルドグリーンの湯と乳白色の湯と炭の湯があるらしい。
これは気になるぞ。なんとしても行ってみなくては。たのもー!たのもー!!
よく見ると文字がかわいい。「味」のはね具合がいい。
タヌキが出るらしい。ポンポコと書いてあるのかわいいな。
かわいらしい案内を見ながら中に入るとしよう。
おちついた内観の温泉宿だ。
どうやら7年ほど前にリニューアル工事をしたらしく、
木をふんだんに使った、落ち着いたロビーが出迎えてくれた。
フロントの呼び鈴を鳴らすと、奥からお宿のかたが出てくるスタイルだ。
日帰りは10時から16時まで。ワンコイン価格なのがうれしい。
パンフレットもかわいい。
宿のおかみさんに料金を払い、さて温泉に行ってみるとしようか。
いったいどんなお湯が待ち受けているというのだろうか。
エメラルドグリーンのお湯をたたえた内湯。
硫黄の香りがふわっとただよう、しっとりとした肌触りの温泉。
温度は、ちょっとあつめかな。
すこし入っているとじんわり汗が出てくるような、そんな温泉でした。
しかし、エメラルドグリーンとはたしかによく言ったもの。
きれいな色の温泉選手権があったらぜひエントリーしたいくらいだ。
露天風呂にもおなじお湯が。
露天風呂はかなり大きく、10人以上は余裕で入れるサイズ。
あいにくの雨だったが、ちょっとした屋根もあるので、
そんなに気にならずに入ることができた。
内湯とくらべると、浴槽が大きいぶんだけ、こちらのほうが温度がひくい。
と、言っても内湯に比べての話であって、決してぬるいわけではない。
冬でもじゅうぶん気持ちよく過ごせる温度だとおもう。
そしてもうひとつ、忘れてはいけないのがこちらだ。
気になっていた炭の湯。ええっ!?
な、なんだこのお湯は!?
半透明の「炭色の湯」。手を入れて映してみるとこんなかんじ。
炭色の湯、と聞いてものすごく気になっていた。
黒いお湯、というと東京や甲府、金沢、北海道の帯広市*2の温泉銭湯でもよくあるだろう、
とおもうかたもいらっしゃるかもしれないが、
あれはモール泉といって、温泉に植物由来の有機物が溶け込んでいるもので、
こういう硫黄系の温泉とは成分的にも異なるものだ。
こういった炭の湯で有名なのは栃木県・塩原元湯温泉の大出館である。
冒頭ではさらっと書いてしまったが、
じつは、おれは日本全国の温泉をめぐって、400ヶ所以上の温泉に入っている
そこそこの温泉ヘビーユーザーである。
温泉のホームページを運営していらっしゃる先人たちには及ばないが、
それなりの温泉知識は持っていたつもりだった。
だが、硫黄の湯の華が原因で黒くなる温泉は
自分の知る限りでは、この大出館だけだったようにおもう。
意外なところで、ものすごくめずらしいものを見つけてしまった。
このときのおれのテンションの上がりかたを
読者のみなさまは察していただければうれしいところである。
源泉は2種類のブレンド。熱いお湯と、ぬるいお湯。
70度と30度であるらしい。
ちょっとマニアックな色の話ばかりになってしまったが、
この温泉の温度もまた絶妙で、ぬくめの気持ちいいものだ。
くせもなく、ずっと入っていられそうだ。
湯船に触ると、黒い湯の華がつくのもおもしろい。
ただ、なにぶん浴槽のサイズが小さく、一人しか入れないので、
混んでいるときは譲り合う必要があるだろう。
湯船からあふれるお湯も黒いのがわかる。
さて、湯あがりに女将さんに話を聞いてみることができた。
―いいお湯でした。緑のお湯と黒いお湯があったんですが、
外の看板に書いてあった乳白色の湯ってのはべつにあるんですか?
「あれはね、日によって温泉の色が変わるのよ。今日は緑だったでしょ?
もう真っ白に近くになるようなときもあるわ。だから一緒に書いてあるの。」
―あ、そうだったんですか。黒い温泉はいつもあのままの色なんですか?
「そうなの、どっちも透明な温泉なんだけど、
ふしぎなことに、合わせると真っ黒になるのよね。これはいつもいっしょ。
へりに触って手が黒くなるって女性の意見があって、男性風呂にしか引いてないの。
代わりに、女性風呂には洞窟風呂があるのよ。」
―へぇ!それはすごい。あと、この温泉に入れるのはここだけなんですか?
「そうよ、他にも温泉はあるけど、ここのお湯はここだけ。
よそのほうが、白っぽいお湯になるみたいで、緑のお湯はここだけよ。
あと、もちろん黒いお湯もね。」
ここの宿はかなりの人気のようで、話している間にも
あたらしいお客さんが何人も入ってきた。
女将さんは「よかったらまた来てね」と、笑顔で話してくれた。
めずらしい色の、気持ちのいい温泉、
いきなりのぶしつけな質問にも穏やかに答えてくれた女将さんの人柄。
すっかり気に入ってしまった。
この温泉はぜひ、おすすめをさせてもらいたいな、と
そんなことをおもった次第である。
ちょう有名な秘湯でなくても、こんないい温泉があるのが
やっぱり長野のすごいところだとおもうのでした。
ぜったいまた来るよー!!
前回記事とおなじ、炭の湯からの眺めで締めます!