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音楽に対してはまじめに、それ以外はゆるゆるとへんなことを。月に何度か、不定期に書き綴ります。

この一人称がすごい!2018

いきなりで恐縮だが、みなさんは、自分のことをどう呼ぶだろうか。

「俺」や「私」、ビジネスの場だと「僕」を使う機会もおおいかもしれない。

子どもなら自分の名前や、名前にちゃん付けをすることもあるだろう。かわいらしい。

逆に、自分の子どもに話しかける場合は「お父さんは~」「お母さんと~」などと

自分の「役割」を一人称にして話しかけることもあるとおもう。

今日はこの一人称についてかんがえてみたい。

 

 

 

たとえば「わたし」「わたくし」は男女ともに使える丁寧な一人称だ。

だが、「おれ」「ぼく」になると使用者はほぼ男性に限定される。

子どものころ、「おれ」と自称する女の子に会ったことがあるが、

きっとあれは将来黒歴史になるんだろうな、と当時からこっそりおもっていた。

 

逆に、「あたし」はほぼ若い女性にしか使われない。

男性で使っているとするならば、それはきっとほぼ笑点のメンバーではないだろうか。

なお、歌丸師匠の場合は「あたくし」のイメージがつよい。

 

「自分」と実際に名乗るのはおそらく体育会系の男性であろうし、

自分を「わし」と名乗るのは高齢者層がおおいであろう。

 

自分の名前+ちゃん付けのばあい、子どもであればかわいらしくてよいが、

中高生になってくると気軽には使いづらいし、

社会人になるとこれはちょっとイタい気がする。

おれのばあい、自分がラーメンを禁止中であることをアピールするために

ハッシュタグ「Bちゃんラーメン禁」というのを作っているが

これは「おれラーメン禁」だとおれが誰を指すのかがわかりづらい、

「少年Bラーメン禁」だと字面が重すぎてなんとなく気に入らない、

という、まぁおれなりの理由に基づくものだ。

成人男性が自分にちゃん付けをしているのがイタいという自覚はあります。

 

基本的に自分にあまい。

 

一人称は自分の属性というか、立場をひじょうに明確にする言葉なのである。

いや、当たり前のことをなにをいまさら、とおもわれるかもしれないけど。

 

そして、ずっとふしぎだなー、とおもっていたのが。

この言葉が「自分のことを表すためにある」とわかってはいても

現実にはまったく使われない表現があることだ。

 

たとえば「オラ」とくれば大多数のひとは悟空かしんちゃんを思い浮かべるだろうし、

おなじ「おら」でも「俺ら」と書かれれば、おそらく吉幾三以外にはありえない。

「わがはい」とくれば、これはもう猫かデーモン閣下しかいないだろう。

一人称がほぼ独占されている例だ。一人称カルテルである。

新規参入のハードルはきわめてたかい。

 

フィクションでしか使われないであろう一人称としては、

「余」はだいたい悪の皇帝や大魔王の一人称であるような気がするし、

「それがし」や「拙者」は時代劇ドラマの定番である。

同じく古い言い回しである公家言葉の「麿」はあまり聞くイメージがない。

もしかしたら、時代設定において人気不人気があるのかもしれない。

「拙者」はサブカル界隈の冗談で、

自分が侍であることをアピールするのに使われることもある。

Twitterで「拙者○○大好き侍」などというツイートを見かけたことはないだろうか。

野球の侍ジャパンもインタビューでは「拙者」を公式一人称にすればいいのに。

侍としての自覚をもっと持ってほしい。

 

「小生」も使われないことばであると昔はおもっていたのだが、

実際に使っているかたが以前の職場にいたので、この部類からは外しておく。

いや、かなり例外的なケースだとおもうけど。

 

このあたりの一人称は使うとどうもギャグにしかならないところに

問題があるのだろうと思われる。

公家や武士たちの使っていた、由緒ただしい真剣な一人称が、

現代ではかんぜんにギャグ要素なのだ。不憫だ。

我々はもっと先人に敬意を表すべきではなかろうか。

立ち上がれ、麿!今こそ蜂起のときだ、拙者!

 

そして、自分の役割を一人称にする場合だが、これもふしぎなことがあるのだ。

「ママとお出かけしようね」と母がわが子に声をかけることはあれど、

わが子が「子どもといっしょに行こう~!」という例はない。

学校で「先生は怒っています!」と学級会を開くことはあれど、

「なぜ怒っているのか。生徒はわかりません」ということはありえないのだ。

きょうだい間でも「おねえちゃんがついてるからね」と弟をはげますことはあっても

その逆はないだろう。基本的に年長者、目上のひとしか役割を名乗れないのだ。

 

生徒と子どもは多数いるからだ、という理屈もかんがえてみたのだけど、

子どもにおいても一人っ子のことは珍しくないし、先生が家庭教師の場合や、

1対1でお医者さんが「先生」と名乗っても、患者が「患者」と名乗ることはない。

このような理由から、対象がおおいから、というのはきっとちがうような気がする。

やっぱり、目上のひと限定の言葉なのだ、とおもったほうがしっくりくる。

でも自分のことを「先生」と名乗る先生はいても

「部長」と名乗る部長がいないのはちょっとふしぎじゃないですか。いてもよくない?

 

あとは職業限定の一人称としてイメージしやすいものに「本官」がある。

警察官が言っているイメージだ。(ほんとうに言ってるかは知らない)

官と付く職業のかたならばきっと使えるはずだとおもうので、

裁判官や航空管制官のかたがたが使っているのかどうかも知りたいところだ。

 

士業の一人称としては「当職」というものがあるらしい。

おもに弁護士や司法書士のかたが使うような言葉らしいのだが、

ほかの士業は使ってはだめなのだろうか。

おれも介護福祉士を持っているので、明日から当職と名乗ってみようか。

士業としての資格の習得難易度がだんちがいな気もするが、許してもらえるだろうか。

 

 

 さて、世のなかには色々な一人称があり、

それがまたふしぎでおもしろいことがわかっていただけたとおもう。

それでは、ここで今年使ってみたい一人称ベスト3を独断と偏見でかんがえてみたい。

 

 

 

・第3位 「ミー」

マンガで欧米人が使っているイメージのつよい一人称である。

そもそも主格じゃない。

中学生になって、初めて英語を学んで

「アイ ライク ツナ」と書いてある教科書を読まされたときに、

「じゃあミーってなんだ?」と疑問におもったことはないか。

言葉の使いかたとしてまちがっているというところは、かなりポイントがたかい。

 

 ・第2位 「朕」

「朕は国家なり」。

始皇帝にしか使えないという、由緒正しい一人称なのに

音のなさけなさのギャップがすごい。

「ちん」ですよ、「チン」。

戦前は日本でも天皇陛下が文章として使っていたらしい。

でも口語では「わたし」を使っていたという。朕の存在意義とは……

だが、皇帝や天皇陛下御用達という歴史、このネームバリューは

自己肯定感を増していくべき現代にこそふさわしい一人称と言えるだろう。

 

・第一位 「おれさま」

第一位は「おれさま」である。ばいきんまんのイメージがつよいが、

かといってばいきんまんしか出てこないわけでもない。

独占はされていないので、参入のハードルもそこまで高くなく、おすすめだ。

「おれ」だけでも成立するにもかかわらずわざわざ「さま」をつけるという丁寧さ。

にもかかわらず、いざ使ってみると、ひじょうにあたまがわるそうに聞こえるという

その落差がとってもすてきだ。

「さま」の丁寧さはすばらしい。「おれ」だけに使わせておくのもなんなので

「ぼくさま」とか「おらさま」みたいな言葉があってもいい。

 

以上、独断と偏見による、この一人称がすごい!2018でした。

みなさまも、どうぞすてきな一人称ライフを。

 

 

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一人称の前に「この」を付けるだけで気品が上がり、

後ろに「め」を付けると尊厳が下がるという事実も発見しました。